カテゴリー別アーカイブ: 耕作放棄地再生

耕作放棄地の再生(1)2016年

里山の整備に加え、一昨年末から耕作放棄地の再生にも取り組んでいます。

この耕作放棄地は、もとは水田(約1反)で、平成の初め頃までは地元の方に耕作していただいていました。
しかし、典型的な谷津田(当地では「山田」と呼びます。)で、水利が悪く、耕地整理もされていません。
そのため、作り手がいなく、耕作放棄の状態で二十年以上が経過しています。

我が家の田んぼは平野部のものがメインということもあり、私自身、この耕作放棄地の存在はなんとなく知っていたものの行ったこともなければ見たことさえないという有り様でした(町内なのですが・・・)。

下写真は、父が亡くなり、相続登記する際に初めて現地を確認したときの様子です(朱色の線で囲んだ箇所が我が家の水田です)。

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田面は背丈以上の篠竹などが密集し、とても中に入ることができません。
隣接する山側からは枯竹(孟宗竹)が倒れ、そこに蔓が覆って収拾がつかない状態です。

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隣の水田は耕作されており、迷惑をかけているのだろうと思いつつも、なかなか余裕がなく見て見ぬ振りの状態が続きました・・・
そして、一昨年に主屋の改修工事ができ、少し余裕ができたことから、その年の年末に生い茂った篠竹やセイタカアワダチソウなどの草刈りから始めることにしました。

<2015年12月29日>
朝一から刈払機を使って手前側の篠竹から刈り始めました。

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刈払機は農業用の比較的パワーのあるものですが、悲鳴をあげます・・・

丸一日、刈払機を回し続け、下写真の状態までできました。

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<翌30日>
奥に進むにつれ、篠竹に代わり野イバラのジャングルになってきました。

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野イバラは茎(根元部分)が腕ほどの太さになっているものもあり、刈払機がさらに悲鳴をあげます・・・

この日も一日、刈払機を回し続け、下流側の田んぼまで見通せる状態となりました。

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<翌31日>
この日は大晦日ですので、半日だけ作業。
山側から枯れ竹が倒れてきている箇所を除き、ひととおりの草刈りが終わりました。

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<2016年1月10、11日>
年が替わり(昨年)、週末に作業再開。
20年以上の耕作放棄により田んぼのなかにまで雑木が生え大きくなっていました。
下写真の木(樹高5m程度、胸高直径20cm程度)と同じぐらいの大きさのものが田んぼのなかに計4本あり、伐り倒すことにしました。

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伐倒しても、巻きついている蔓を取るのに一苦労です。

蔓は鉈でバラして腐りやすいようにし、木は玉切りしてその場に積んでおくことにしました(玉切りしたものは薪にするため今年になって引き上げてきました)。

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<1月23、24日>
山側から枯れ竹が倒れてきている箇所を整理することにしました。

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こちらも蔓がはびこっています。
さらに竹が孟宗竹で太く重いため思うように作業が進みません。

枝を払うのはあきらめ、伐ったものはそのままの状態で田んぼのなかに積んでおくことにしました。

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山側から倒れてきている竹はまだまだあってキリがありません。
とりあえず山裾部分は今後、草刈りできる程度にはなりました。

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このシーズンの作業はここまでとしました。
翌シーズンの作業までの間、定期的に草を刈り、現状を維持することにします。

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<続きます>

耕作放棄地の再生(2)草刈り

一昨年末から耕作放棄地の再生に取り組み始めました。
(再生の第一目的は隣接地権者の方に迷惑をかけないようにするという消極的なものです・・・)

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<2016年1月24日>
昨シーズンの作業で下写真の状態になりました。

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<2016年4月9日>
春になり緑色のジュウタン?で覆われてきました。

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写真中央の草が生えていない箇所は篠竹が密集していたところです。

<2016年4月23日>
さらに緑が濃くなってきました。

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<2016年5月26日>
草丈が大きくなるとともに、ササも生えてきました。

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一つの田んぼでも主に4つの植生に分かれているようです。
上流側で水はけのよいところにササやセイタカアワダチソウ。
下流側で湿地状のところにガマやミゾソバとなっています。

これ以上育つと草刈りが大変になりそうですので、このタイミングで草刈りをすることにしました。
この頃は夜明けが早いため、早起きして1日1時間ずつ草刈り。

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<翌27日>

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<翌28日>

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草の勢いはそれほど強くなく、草刈りは順調に進みました。

ただ、昨シーズン、山側から倒れてきていた枯れ竹を伐り、それを田んぼに仮積みしておいたところに蔓植物が這い上がり、刈払機ではどうしようもない状態になってしまいました。
仕方なく、この箇所の草刈りはせず、このまま放置することに・・・

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<2016年8月13日>
5月下旬に草刈りをして、2ヶ月半が経過。
早く草刈りをせねばと思いつつ、こんな状態になってしまいました・・・

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特に5月下旬に草刈りができなかった箇所は、蔓草が竹に這い上がりスゴイことになっています。
これでは元の木阿弥だと意気消沈せずにいられませんが、気を取り直して草刈りを始めました。

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<翌14日>
早朝1時間ずつの作業ですが、草の勢いが強く、なかなか進みません。

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<翌15日>
刈払機で草の中に隠れていた蜂の巣をつついてしまい、右手を刺されてしまいました(涙)

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<翌17日>
蜂の巣に遭遇したため、反対の下流側から草を刈っていくことにしました。

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<翌18日>
ミゾソバの群落に悪戦苦闘。
この辺りは以前は野イバラが繁茂していたのですが、ほとんど見かけなくなりました。

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<翌19日>
蜂の巣がある写真中央付近だけを残すところとなりました。

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<翌20日>
蜂の巣の近辺(直近を除く)の草を注意しながら刈りました。

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<翌24日>
枯れ竹が積んであるところは相変わらず刈ることができませんが、とりあえず草刈り完了。

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この回の草刈りには手間取りました。
時期が遅く、草丈が大きくなりすぎたのが良くなかったです。

そこで、来シーズン(今年)は2回目の草刈りの時期を早めるとともに回数を増やそうと思っています。

<2016年(実績)>
・1回目:5月下旬
・2回目:8月中旬

<2017年(予定)>
・1回目:5月中旬〜下旬
・2回目:7月上旬〜中旬
・3回目:10月上旬

<続きます>

耕作放棄地の再生(3)2017年開始

一昨年末から始めた耕作放棄地の再生ですが、夏場は定期的に草刈りをおこない現状を維持するようにしました。

<2016年8月24日>
草刈り後の状況

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そして、昨年末から今シーズンの作業を始めることにしました。

<2016年12月29日>
8月下旬の草刈りを最後に何もしていませんが、その後に生えた草の勢いは弱かったようです。
田面については、軽く草刈りをする程度で良さそうです。

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しかし、上写真で朱色の線で囲んだ箇所は酷い状態となっています・・・

この箇所は、一昨年末に山側から倒れてきていた竹を伐り、枝がついた状態のまま田面に積み上げておいたところです(下写真:2016年1月)。

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そこに蔓植物などがはびこりましたが、刈払機では草刈りできず放置せざるを得ませんでした(下写真:2016年8月)。

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そして、現在、このような状況となっています。

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後になって考えると、そのときに面倒でも枝を払って整理しておくべきでした。

ところで、そのような面倒なことをせずとも、枝がついた状態で燃やしておけば良かったのではないかとも考えられます。
しかし、ここは谷津田で両側が小高い山になっています。
地元の長老から「ここで燃やせば、火を強くしないように気をつけていても(ドラフト効果で)火が火を呼び、(コントロールできなくなって)山火事を起こしてしまう」と教わりました。
私のような経験のない若輩者にとって、作業は一人でおこなうにしても、今おこなっていることをベテランに伝え、助言してもらうことが大切だと思っています。

そんなことで、ひと通り草刈りをおこなったあと、蔓がはびこった竹の整理を始めます。
蔓をはがしながら、枯れ竹を取り出します。

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取り出した竹は、鉈を使って稈(茎の部分)と枝をばらしていきます。
枝を払った稈は山側に積んでおくと良いのですが、今後の山側の整備において邪魔になってしまいそうです。
そこで田面に、積まずに並べていきます。
田面は湿地状になっていますので、こうしておけば比較的早く腐ると思います。

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<続きます>

耕作放棄地の再生(4)樹木の伐採

前回、昨シーズンから仮置き状態であった竹の整理を始めました。

この竹は、昨シーズンに山側から倒れてきていた枯れ竹を伐ったものです。
枝を払わずにそのまま積み上げていたため、昨夏にはツル植物がはびこってしまい、草刈りもできない状態になってしまっていました。

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鉈(棟側を使用)を使って竹の枝を払っていきますが、孟宗竹で枝が太いうえ、枯れて硬くなっているため苦労します。

それでも、一部を残して片付けることができました。

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枝を払った竹の稈(茎の部分)は直接田面に、そしてできる限り積まないように並べてあります。
こうしておけば、田面は湿地状ですので早く腐ってくれるかと思います。

これで山裾で作業ができるようになりました。
今後、さらに立ち枯れしているものや古いもの(稈が白くなっている)を伐っていくつもりです。
竹が孟宗竹で太くて重いため厄介ですが、田んぼ側に倒しながら作業を進められますので少しはマシかもしれません。

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竹があるのは田の北側になりますが、反対の南側は下写真のような状態になっています。

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小高い山の尾根部に世古道が通っています。
その道から田面までの斜面は木々で覆われています。

しかし、隣接地の斜面が土手状に管理されているところを窺うと、もとはこれほどたくさんの木は生えていなかったのでしょう。

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地元の共同作業(当地では「世古道作り」と呼んでいます。)で迷惑をかけていることもあり、なんとかしたいと思っています。

そんなことで、手始めに斜面から田に迫り出している樹木を伐採することにします。

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胸高直径15cm程度ですので、チェーンソーで容易に伐倒できます。

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平成の始め頃までは地元の方に耕作していただいていましたので、これらの木はそれ以降に大きくなったものだと思います。
雑木で樹齢20年程度、ちょうど良い伐り頃かもしれません。

その場で薪用に玉切りし、軽トラに積んで自宅に持ち帰ります。

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薪として使えるとなると現金なものでモチベーションが上がります(^_^)

<続きます>

耕作放棄地の再生(5)竹の伐採

前回で、昨シーズンに伐った竹の片付けが終わりました。

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これで山裾での作業ができるようになりましたので、枯れ竹や老齢竹をさらに伐っていくことにします。

しかし、田んぼ側に面する竹(下写真)を見る限りは、そのほとんどが立ち枯れの状態です(葉が落ちてありません)。
立ち枯れでないものでも、稈(茎の部分)が相当白くなっていることからかなりの老齢竹(10年程度?)だと思います。

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竹は山を登る方向に拡大・侵入していくと言われています。
また、以前この辺りはツル植物が繁茂し竹を覆っているような状況でした。
そんなことで竹でさえ、この場所での生育を諦めたのかもしれませんね・・・

チェーンソーを使って田んぼ側に伐り倒していきます。

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上写真の中央付近の竹を伐りましたが、やはりほとんどが枯れ竹で結果的に皆伐となりました。

枝先に葉が残っているものもありますが、それさえも「テングス病」に罹っているような状態です(下写真は真竹のものですが同様です)。

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テングス病は、病原菌に冒された竹の枝先が異常繁殖し、「天狗」の「巣」のようになってしまうものです。
荒れた竹林で竹が衰弱すると発生すると言われていますが、当地においてはテングス病に罹っていない竹林を見つけるほうが難しいような状態です。

ちなみに、この天狗の巣状のものを、竹(イネ科)の花が咲いていると勘違いすることが多いようです。
竹の花は60年あるいは120年に一度しか咲かないと言われており、目にすることが稀であることから、このような勘違いが起こるのでしょうね。
当地では昭和30年代に真竹が開花したと聞きますが、そのときは開花後に地域の全ての真竹が一斉に枯れたそうです。
私にとって誕生前のことであり実際に見たわけではありませんが、なんとも竹の不思議さを感じます。
(同時期に全国的にも竹の開花・枯死が発生し、プラスティック製品の普及をあと押しすることになったそうです。)

閑話休題。

竹を伐るのは、チェーンソーを使用し、しかも田んぼ側に倒せますので容易です。
しかし、枝を払うのが本当に厄介な作業です・・・

そして、枝を払った稈は山裾に積んでいきます
たくさんあり山裾だけには置けそうもありませんので、田面にも並べます(田面の場合は早く腐るように積まないように並べています)。

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竹を伐ったところ、山の向こう側に光が見えるようになりました。

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山のように見えて、実は斜面の上は台地状になっています。
この高低差を国土地理院の地形図で確認しても7m程度のようです。
台地には昔は畑や果樹園が広がり、世古道も通っていたそうです。
今や畑は荒れ、道は竹が生えて通行することもできません。

<続きます>

耕作放棄地の再生(6)山裾の除草

先般、山側から田にせり出している樹木を伐採しました。

山裾部分について樹木がなくなりましたので、1間(1.8m)程度の幅で除草することにします。
地元の長老から、山に隣接した田畑では山側に1間入ったところで土地境界が設定されていることがあると聞いたことがあります。
田畑にせり出してくる樹木を田畑の所有者が管理できるように、そのようにしてあるわけで、これに倣って1間幅としました。
(今回作業しているところは斜面も我が家の敷地ですが、やり出せばキリがありません・・・今シーズンは1間幅ですが、いずれは全面を手入れしたいと思っています。)

刈り払い機を使って除草。
毎度のことですが、篠竹や笹に刈り払い機が悲鳴をあげながらも無事完了。

除草により上写真で矢印で示す樹木(クヌギ)の根元部分が現れましたので、これも伐採します。

根元の直径は15cm程度で伐るのは容易ですが、根元を伐っても上部でツルが巻きついているため倒れません。
ツルを切ったり解いたりして伐倒完了。

ストーブの薪にするため玉切りします。

枝(上写真で奥側)も焚き付けに使います。
かなり細い枝については、鉈で細かくバラして田面にばら撒いておきました。
ツルも同様に処理しました。

薪用に玉切りした今更ながら、クヌギなら玉切りせずにシイタケのホダ木にしたほうが良かったような・・・

除草と伐採により、幾分かはスッキリしました(以前伐採したシロダモの枝葉の処理がまだ終わっていません)。

上写真で矢印で示す箇所には篠竹が密集しています。
斜面に生えている樹木はそれほど大きくなっていませんので、下草さえ刈ってやれば案外良い雑木林になるかもしれません。

玉切りしたものを軽トラに積んで自宅に引き上げてきました。

割り木にするのはしばらく先になりそうです。
それまではこのような形で雨ざらしにしておくことにします。

下写真は昨シーズンに伐採し、今シーズンに引き上げてきたものです。

広葉樹で乾燥していますので割るのに苦労しそうです。

<続きます>

耕作放棄地の再生(7)進入路跡の発見

前回、山裾部分について除草や樹木の伐採をおこないました。

その後、伐採した樹木を片付けていたところ、下写真のとおり山裾に道の痕跡のようなものがあるのに気がつきました。

ところで、この耕作放棄地(もとは水田)は典型的な谷津田(当地では「山田」と呼んでいます。)で、田を挟んで南・北の両側が山になっています。
そして、南側の山の尾根には農道(当地では「世古道」と呼んでいます。)が通っています(北側にも世古道があったと聞いていますが、既に通行できない状態です)。

世古道と田には高低差(5、6m程度)があるため、田の上流側に世古道からの進入路が設けられています。
上流側の田は、我が家の耕作放棄地とは異なり今も管理してみえるため、この進入路もきちんと整備されています(軽トラも通行できるため、作業するときはいつもこの道を使わさせていただいています)。

昨シーズンの作業中に地元の方と立ち話しをしているときに、昔はこの進入路とは別に我が家の耕作放棄地への進入路もあったと聞きました。
今となっては荒れ山で、とても道があったような状態ではないため、何かの間違いではないかと思っていました。

そうしたなか、今回、この道らしき痕跡が見つかりました。
除草したのは山裾だけですので、これがその進入路であるとは言い切れませんが、道らしき痕跡を伸ばすと下写真のように世古道に繋がっているようにもみえます。

遠望すると下写真のようになります。

この耕作放棄地は登記上は1つの田(約1反=1,000m2)ですが、除草により2つの段差が確認できたことから、もとは3枚の田(各3畝程度)に分かれていたようです(畦畔は既になくなっています)。
そのため、進入路が途中で2股に分かれ、それぞれの田(上写真で「その2」「その3」)へ行けるようになっているようです。
上流側の田(上写真で「その1」)については、先の、現在も通行可能な進入路から出入りしていたのではないかと思います。

このまま整備を続けていけば、人が通行できる程度の道を復活させることができるかもしれません(ただし、いつになることやら)。

<続きます>