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茶箪笥の修理

春になって雨が降ることが多くなってきました。
そんな雨模様の週末になると屋外での作業ができませんので、屋内で片付けなどを行っています。
物(ゴミ?)で溢れていた倉庫は、5年近くぼちぼち(ぼつぼつ)と作業を進めてきたところ、それなりに片付きました。

しかし、安易に捨てるわけに行かず、かと言って当面は使うあてがないため放置したままになっているものが残っています。
そのひとつが、古い茶箪笥です。

この茶箪笥は、亡き祖母が輿入れしたとき(昭和12年)に持参したものです。
私が幼かった頃には、主屋(古民家)の裏縁に置かれていたのを覚えていますが、祖母が昭和61年に亡くなり、当時は自宅で葬儀を行っていたため、その邪魔になって倉庫に移動・仮置き。
そして、仮置きのまま30年以上が経過・・・。
倉庫内の環境は厳しいため、茶箪笥の引き戸(上写真参照)は壊れてバラバラの状態、本体も油分が失われて白っぽくなっています(下写真は側板部)。

実はこの茶箪笥は、父が飛び込みでやってきた骨董屋(リサイクルショップ?)さんに5,000円で譲る約束をしたのですが、引き取り時に偶々、父が留守にしていたため、引き取られずにそのまま残っているという経緯があります。
今時、茶箪笥なんて無くても構わないものですが、こうして残ったのも何かの定めなのかもしれませんので、時間のあるときに手を入れて再生することにします。

もうひとつ、倉庫内に長年置かれたままになっているのが、昔、餅つきに使われた臼(木製)です。

杵も残っているため、いつか餅つきができればと思っていたのですが、保管時の状態からひっくり返して確認したところ、天端がシロアリにやられています・・・。

直接、土間に置いてあったわけではないのですが、木材(角材)を土台にしていたため、それからシロアリが移ってきたようです。
シロアリに喰われている箇所を切断し、その分だけ鉢部分を深くすれば再び臼として使えるかもしれませんが、そこまでする甲斐はないでしょう。
この機会に解体して薪ストーブの燃料として使うことにします。

解体する前に臼のサイズを計測すると、直径が48cmあります。

臼なので材質が強靭なケヤキが使わているのだと思いますが、これほど太いケヤキの木があり、それをよく伐採・加工(当時は全て手作業)できたものです。

楔を打って割ろうとするも全く歯が立たず(ケヤキは粘る)、チェーンソーで切断。

外面は乾燥により白っぽくなっていましたが、断面からはケヤキの赤身が現れました。
これを見ると、なんだか薪にするのは勿体ないようにも感じ・・・。
そこで、一部分を工作材(下写真で右下のブロック)として残して薪割り。

臼のほうが片付いたため、茶箪笥の修理に取り掛かることにします。
まずはバラバラになっている引き戸から。

各部材を確認すると一応全て揃っていますので、木工用ボンド(酢酸ビニル樹脂)で接着して再組立(製造当時はニカワやウルシで接着?)。

引き戸もそうですが、本体も油分が失われて白っぽくなっていますので、全体に亜麻仁油を塗布して油分を補うとともに磨きます。

油分を補っただけで一気に若返りました!!

最上部の引き戸は下写真のとおり襖のように和紙が貼られたものになっています。

色褪せだけならともかく、破れもあるため表装し直すしかありません。

表装し直すために分解しますが、念のため組み合わせを記しておきます。

元々の表装を確認すると、突き板の表裏に和紙が糊付けされていますので、それらを丁寧に剥がします。

裏面から貼り直すことにします。
元々は茶チリのような紙が使われていましたが、手元にないため封筒の黄色っぽい紙(上写真で左側)で代用することにします。

この紙をデンプン糊を使って貼れば良いだけなのですが、普通にやると間違いなくシワが寄ります。
以前、五月人形(武者人形を配置する台座部、下写真で朱色矢印)を修理する際、和紙を貼り直す必要があり、そのときに紙の専門店で貼り方を教えていただいたことがあります(修理後、一式を自治体の郷土資料館に寄贈済)。

その方法は、基本的には板襖に襖紙を貼るのと同じで、前もって和紙にたっぷりと水を含ませ、その十分な水だけで貼るぐらいの勢い(糊は少なめ)にすると良いとのこと。
この教えに従い、まずはスポンジで紙にたっぷりと水を含ませます。
水が馴染むのを待つ間に、水で溶いたデンプン糊を刷毛で板に塗ります。

水を含ませた紙を板に貼り、柔らかい布等で表面を撫でて全体を密着させます。

余分の紙をカッターで切り落としておきます。
障子貼りのときと同じですが、このとき定規(地べら)をしっかり押さえるようにすると上手く切れます。

(自然)乾燥後が下写真で、シワになることなく綺麗に仕上がりました(感謝!紙屋さん)。

裏面で練習したところで、いよいよ表面です。
表面には元々、金色の紙が使われていましたので、紙屋さんで金色に彩色された和紙(越前和紙、300円程度)を入手。

貼り方の手順は裏面と同じため省略。
裏面同様、綺麗に仕上げることができました。

次に手掛け(上写真で下側にある金具)を取り付けますが、4枚の引戸に対して金具が3個しかありません・・・。
今となっては同じものを入手するのは困難かと思いますので、1枚は手掛け無しとします。

枠と板とは接着剤で固定してあるのではなく、極小の釘(今回は真鍮釘を使用)を使って外れないようにしてあるだけでした。
再表装や、板と角材との収縮の違いを吸収するためだと思いますので、同じようにします。

引き戸の修理完了。

やはり、新しい紙に貼り直すと良いものです。

元々の和紙(下写真で右側)と比べると、その違いは歴然です。

祖母が我が家に輿入れしたのは昭和12年(1937年)ですので、82年でここまで変色・劣化したわけです。

修復した引き戸を取り付ければ完成です!

ちなみに上写真で茶箪笥の右側に写っているのは、昨年にテーブル(テレビ台)として再生させたミシン台です。
このミシンも、茶箪笥と同じく祖母の嫁入り道具です。
昨年に祖母の三十三回忌も終わったことですし、祖母の思い出の品としては、この二つを残して活用することにし、他のもの(長持ち等)は処分しようかと思っています。

で、修理した茶箪笥をどうするか?
玄関脇に小部屋がありますので、そこにでも置いて来客時にお茶(実際にはインスタントコーヒー!?)を出せるようにしておくと良さそうです。

昔の火鉢を転用したテーブルもありますので、お茶するのに丁度良いことでしょう。

耕作放棄地の再生(29)公図混乱とスギの植林

前回、大きなカシの木を伐採しました。

伐採後の山側の遠景が下写真になります。

山の斜面部については既に竹(孟宗竹)の皆伐が完了し、将来的に雑木林に移行すべく、前回、クヌギの植樹も行いました(メインは自生えの雑木)。

この場所で今シーズンに作業できるのはこれぐらいですので、作業場所を田圃(谷津田)を挟んで反対側(南側)の山に移すことにします。
こちら側の山は竹が侵入していないため随分マシとは言え、蔓や笹が蔓延って荒れた状態にあることに違いありません。
蔓については、2年前に根元を切っておいたところ、既に枯れ落ちています(蔓は見掛けとは異なり、対処しやすいです)。
笹については、田圃への進入路跡を中心に刈って風の通り道を確保したところ、全体的に笹の勢いが落ちてきているようです。

ところで、上写真で世古道と進入路跡との間(斜面部)は笹が刈ってありません。
と言うのは、進入路跡のところは我が家の所有地(山林)であるものの、そこからどこまでが我が家の土地なのか知らず、もし他所様の土地であれば、笹と言えども勝手に刈るわけにはいかないからです。

こうした場合に参考になるのが公図で、父が亡くなって土地を相続した際に法務局でひと通り入手してあります。
公図には筆ごとの位置関係が下図(関係部分のみ抜粋)のとおり示されています。

この公図を見ると、我が家の土地(山林)と赤道(世古道)との間に、我が家の所有地ではない筆(上図で緑色着色箇所)が存在しています。
これが正しいとすると世古道(赤道)沿いは我が家の所有地ではないことになります。
一方、以前、隣接(上流側)の地権者Aの方に我が家の所有地との境界を尋ねたことがあり、「境界は世古道沿いにあり、それより奥(緑色着色箇所)はお宅(我が家)の所有地である」と教えていただきました。
一体全体、上図で緑色着色箇所の土地は何ものなのか??
公図には地番が示されているため、その筆の登記簿を法務局で閲覧すれば地権者を調べることができます。
とは言え、手間もお金もかかり、二束三文(タダでも要らない!?)の土地のために中々そこまでできず、ズルズルと今まで来てしまいました・・・。
しかし、境界もわかっていないようなものを、ちゃんと管理できるはずがなく、重い腰をあげて法務局で調べることに。

調査の結果、緑色着色箇所の土地は、隣接(下流側)の地権者Bの方の名義になっていることが判明。
そこで、地権者Bの方に尋ねると「公図の赤道(世古道)が現況に合っていないようだ。お宅(我が家)との土地の境界は昔、ヒノキの大木(現在も株元が残存)があったところで、その奥の世古道沿いはお宅(我が家)の所有地である」と教えていただきました。
この地区の公図は、明治期に調製された旧土地台帳(大蔵省所管:課税目的)の付属図をベースにしたもので、元々概略的なものであることに加え、その後の時代の変遷で現況に合っていないところが多々あるようです。
今回は、たまたま地権者A、Bの方ともに我が町の生き字引き的な存在の方で、昔のことから良くご存知であるため、ハッキリわかったようなものです。
しかし、こうした方も既に80歳前後になってきているため、お元気なうちに色々と聞いておかなければと痛感しています(70代になると若い時から外に働きに出ている世代であるため、80代の方のようには知ってみえないことが多いです)。

長文となってしまいましたが、結局のところは世古道沿いは我が家の所有地で、道沿いの草刈りを含めて管理しなければならないと言うことです・・・。
そこで、世古道沿いの斜面に密生している笹を一旦、全て刈ることにします。

笹を刈ったところ、その中から5、6本の倒木とその株元が出てきました。

倒木はスギかヒノキのようで、残存している株元の配置からも、この斜面に植林されていたようです。
それが里山の荒廃とともに蔓に巻かれて枯死し、その跡に笹が密生したのでしょう。

笹の中からは倒木だけでなく、自転車まで出てきました(一昨年はお宝!?を発見)!

荒廃地に不法投棄ゴミはつきものですね・・・。

ひと通り笹を刈ったものの、問題は「今後どう管理していくか?」です。
笹は鬱陶しいですが、斜面の土留めの役割も果たしており、綺麗にしようと無下に刈れば斜面崩壊を引き起こしかねません。
笹の勢いを抑えつつも、より斜面を安定させるには、やはり木を植えるのが良さそうです。
田圃を挟んで反対側(北側)の斜面には先日、クヌギを植樹しましたが、こちらは南側斜面で日当たりが良くないため陽樹のクヌギは適していません。
やはり、元々植林してあったようにスギやヒノキが良いと言うことになります。

スギであれば、植林用に畑で苗木を育てているものがあります。

これらのスギは自宅敷地内に自生していたものを、2年前の4にここに移植したものです(3年生)。
当時は周囲のクローバーにさえ負けそうなくらいだったのが、今では樹高1m前後にまで成長し、移植するのにちょうど良い大きさになっています(来年では樹高が2mを越えて移植が難しくなります)。

ちなみに、畑には移植時期を逸したスギ(5年生)があり、下写真のとおり大きくなっています(樹高4m程度)・・・。

場所的に大きくするわけにはいきませんので、もう少し大きくなってから伐採して杭などに使うつもりです。
伐採後に残る根も土壌改良の役割を果たしてくれることでしょう(これも不耕起だからこそ可能です)。

さて、苗木を掘り上げます。

これくらいの大きさになると、根鉢も発達しています。

土付きのまま移植するほうが確実かと思いますが、運びやすいように土を落としました(昨年は土付きで移植して問題なく活着)。
このため一昼夜、水に浸けて水揚げさせることにします。

翌日、苗木を現場へ運び、斜面に植え付けていきます。

苗木を植え付ける場所は笹の根が張っていますが、それほど作業の支障になりません。
それよりも土が真っ黒で、畑の土よりも全然肥えている感じで、これなら元気よく成長してくれそうです。

竹を使って支柱を立てておきます。

植え付け完了。

斜面の中腹と、進入路に沿って約3m間隔で配置しています(計11本)。

植林箇所を離れた場所から眺めると下写真のとおりです。

植林箇所の左右にある木々は、カシやハゼノキなどの雑木です。
さすが雑木は強く、蔓に巻かれても生き残ることができたようです。

ところで、昨今は用材が輸入されていることから、スギなどの針葉樹よりも薪炭材として雑木(広葉樹)を求める人が多いような状況です。
しかも、スギは花粉症の元凶とされて人々から毛嫌いされており、そうした中、スギを植林するなんてことは反社会的行為とされてしまいそうです・・・。
しかし、今回植えたスギが用材として使える頃(30〜50年後)にはどのような自然・社会環境になっているか分からず、将来の世代のためにもスギあるいは雑木の一方に偏ることなく残しておいてあげる必要があるのではないかと考えています。

耕作放棄地の再生(28)カシの伐採とクヌギの植樹

前回で、山の斜面部分については竹(孟宗竹)を全て伐採しました。
この斜面の上端には大きなカシの木(アラカシ、下写真で朱色矢印)があります。

竹を伐採したところは雑木林に移行させる考えで、既に地生えの雑木や切り株から萌芽したものが成長しています。
将来、これらが大きくなると、上記のカシを伐採するのが難しくなります。
このため、伐倒方向に支障物が無くなったこの機会に伐採することにします。
とは言え、相当大きい木です・・・。

樹高は孟宗竹から頭ひとつ分出ている感じですので(このため孟宗竹に負けることなく生き残ることができた?)、優に20mを超えます。
私のような素人が扱えるレベルを超える大きさですが、伐倒方向&木の傾斜方向に障害物がないため比較的安全に作業できそうです。
技術的にはクリアできるとしても、果たしてこのような大木を安易に伐採しても良いものかどうかと感じ、実行に移せないまま数週間が経過・・・。
伐採後は薪ストーブなどの燃料として利用しますが、このような大木であっても、ひと冬の燃料にもなりません。
そう思うと、私自身が伐るに値する人間なのだろうかと思わざるをえないのです(一方、灯油などの化石燃料の場合に気になるのはお金(高い or 安い)のことだけです。自らの手で行うことは非常に重要なことかもしれません)。

それでも気持ちの整理がつき、チェーンソーを持って現場へ。
田面側に向けて伐倒。

根元の太さは40cm程度。

根元から数本の幹が株立ちしており、その主幹を今回伐採しました。

残った幹のうち比較的太いものは、これまで竹が密集していたため、光を求めてほとんど水平方向に伸びています。
将来的にはこれらも伐採し、まっすぐ上に伸びるものを残すのが良さそうです。

大木が無くなったことで、山側の景色が随分と変わりました。

枝を払いつつ玉切りしていきます。

カシは乾燥しても割りやすいため、特に急いで薪割りする必要はありません。
ところで、今回カシの木を伐採したことで、今後、斜面に向けて倒す木や竹はなくなりました。
そこで、薪割りは一旦横に置いておき、斜面への植樹を先行することにします。
植樹するのは、2年前に種を播いたクヌギです(北側斜面のため陽樹のクヌギを選定)。
畑で旺盛に成長し、既に高さ1mを超えています。

これ以上大きくなると移植するのが大変になりますので、休眠している今のうちに掘り出して移植することにします(クヌギは落葉樹)。
クヌギは深根型のため、根も樹高(1m)と同じぐらいの深さまで張っているはずですが、そこまで掘るのは大変です。
横着して根の浅いところにスコップの剣先を入れて掘り上げます。

根を確認すると、まだ十分な根鉢ができておらず、ほとんど直根だけのような状態です。
こんな状態で直根を切ってしまって大丈夫でしょうか・・・。
とりあえず上下部のバランスが取れるようにと上部も切り詰めておきました。

このように大きくなると掘り上げるのが大変になるため、一部は昨春に竹製ポットに植え替えました(下写真で朱色矢印がクヌギ)。

竹製ポットに植え替えても枯れることなく成長しているものの、高さは50cm程度と地植えのもの(樹高1m)に比べて成長が遅いです(来年に移植予定)。
上写真の竹製ポットにはユズ(実生1年、ミカンの台木用)もあり、なんとか無事冬を乗り越えました。

掘り上げたクヌギを移植する場所は下写真で丸印で示す箇所にします。

田圃への進入路跡(上写真で朱色線)が見つかっていますので、将来的に通路を再生できるように、そのキワになるように配置しています。

1本目を植え付け。

2本目を植え付け。

無事、根付きますように。

植樹を終えたことから、薪作りを再開します。
玉切りしたものを軽トラックに積んで自宅に持ち帰ります(下写真は一部)。

斧を使って薪割り。

カシは割りやすい木で、しかも生木のため気持ち良いほどに割れます。
そして、筋肉痛にならない程度の運動量で完了。
2年前は薪割りに不慣れなのに加え、割る時期が遅くなってしまって大苦戦したことを思い出します。
そのときは、私のような非力なものにはとても斧での薪割りは無理だと感じ、エンジン式薪割り機(20〜30万円)の購入を考えたものです(結局は購入せず)。
しかし、今になっては、我が家の1シーズンの使用量(広葉樹で約4m3、上写真で奥側に写っているものを含めて4〜5m3)であれば、斧(2本)で十二分だと感じています(と言いながら、節の部分用に手動式薪割り機を所有しています)。

遊休農地の活用(9)柴の回収と保管

昨春より管理を行うことになったについて、山側に大きなエノキの木があり、その幹のひとつが昨年9月に襲来した台風(21号)により折れました。

お隣の畑の障害になっていたため、その幹を根元から伐倒しました。
幹や太い枝については薪ストーブの燃料にするため自宅に持ち帰り、既に薪割りまで終えています(現在、アクを抜くため雨晒し中)。

一方、細かい枝葉については、とりあえずバラして畑に山積みにしてあります。

(昨年9月撮影)

それから半年が経過。
畑に行って確認すると乾燥して葉も落ちています。

このまま置いておけば草刈り時の支障になりますので、葉の落ちた枝を持ち帰って薪ストーブやボイラーの焚き付けとして利用することにします。
運びやすいように束ねます。

枝から落ちた葉については、昨年苗木を植え付けた果樹の周りに敷き詰めておきます。

上写真はビワ(実生1年)で、昨夏の酷暑をなんとか乗り切ったものの、ほとんど大きくなっていません。
畑の管理が我が家の手に戻ってきたのが昨年5月で、苗木の植え付けには時期的に遅かったことも原因のひとつかもしれません。

この畑には下図のとおり果樹を配置する予定で、クリとビワについては昨春に植樹済みです。

残すは農道(赤道:あかみち)寄りのミカンです。
ちょうど植え付けの適期ですので、ホームセンターでミカン(品種:甘夏柑)の苗木を仕入れて植え付けます。

これで当初計画の果樹をすべて植えたことになります。
あとは果実がなるのを楽しみして草刈りに勤しむだけです・・・。

畑面には春らしくホトケノザの紫色の花が咲いています。
また、島状に緑色の草が群生しています。
近づいてみるとクローバー(シロツメクサ)やカラスノエンドウであることがわかります。

クローバーは昨秋、除草の負担軽減を目的に播種したものが育っているようです。
クローバーもカラスノエンドウもマメ科の植物ですので、果樹の肥料分を蓄えてくれることでしょう。

果樹の植え付けも無事終えたことから、柴を軽トラに積んで帰ります。

太い幹や枝は別にして、このような細かい枝を持ち帰えるのは、現代のような電気・ガスの時代にあっては我が町でも私ぐらいなものでしょう。
しかし、ひと昔前(昭和30年代)まではこのような枝でも取り合いだったと聞きます。
それが今や捨てて顧みる人もいない時代で、気兼ねすることなく持ち帰ることができます。

持ち帰った柴は、ボイラー(ATOウッドボイラー)の焚き付けとして使います。

ボイラーは薪ストーブと違って通年で利用します。
これからの季節は湿度が高くなり、虫なども活動するため、山からこうした焚き付け材を得るのが難しくなります。
そこで、今回、持ち帰った柴をボイラーが設置してある倉庫内に保管し、少しづつ使っていくことにします(下写真に写っている古い板戸も解体して焚き付けにする予定)。

以前、この倉庫は物(ゴミ?)で溢れて歩くスペースさえ無かったのですが、少しずつ片付けた結果、こうした柴も保管できるようになりました。
物(ゴミ?)が溜まるのはデカイ倉庫があるためではないかと、この倉庫の解体・撤去も一つの選択肢として考えたことさえあったのが、今や、この倉庫で井戸ポンプ(みず)、ボイラー(ひ、つち)が稼働し、我が家の心臓部になっています。

果樹園の再生(22)スモモ&キンカンの植え付け

先日、畑の通路をゴロタ石と竹の枝葉を使って整備しました。

この通路沿いにはモモやスモモの木があります。
果実はもちろんのこと、花も楽しめるようにと3〜2年前に苗木を植え付けました。
モモもスモモも旺盛に成長し、モモは既に収穫できるようになっています。

(昨年6月末)

一方のスモモは木が大きくなるばかりで結実しません・・・。
スモモの木は1本しかありませんが、少し離れたところにスモモと同じバラ科サクラ属のウメの木があります。
その花粉と受粉することを期待していたのですが、開花期も異なり、そうはうまくいかないようです。
やはり、もう1本は必要なようですので、近くに異なる品種のスモモの苗木を植え付けることにします。
既存の木の品種は「貴陽」で、桃のような大玉がなる一方、そもそも結実しにくいそうです。
そこで、次はオーソドックスな品種の「大石早生」にし、ホームセンターで苗木を購入。
「貴陽」の隣接箇所に植え付けます。

果樹が増えて畑か果樹園か分からなくなりそうですが、春には果樹や野菜の花が咲き乱れて桃源郷のようになることでしょう!?

3年前から他の場所にも果樹を植えており、下写真は里山に隣接する箇所の様子です。

順調に成長していますが、ミカンだけは調子が良くありませんでした。
土地に合っていないのではないかと1年前に下写真の場所に移植したところ、今度は土地に合ったようで復活してきました(移植したのは「宮川早生」と「伊予柑」。最初からここに植えた「デコポン」は大きく成長しています)。

上写真で奥側にあるユズの木との間(朱色丸印)にもう1本植えられるスペースがあります。
ミカン科のもので何か良いものがないかと考えていると、母がミカンのように大きな実がつくキンカン(ミカン科キンカン属)が欲しいと言います。
スモモで大玉の品種を選んで結実せずに後悔しているところですが、これに懲りず「大実金柑」の苗木を購入。
穴を掘って植え付けます(継き木箇所が埋まらないように注意)。

こうして果樹を植えることで、カキばかりだった自宅敷地内の果樹がバリエーションに富むようになりました。

先日、我が家で生まれ育った叔母と話しをする機会があり、叔母の幼少時(昭和20年代)にはカキだけでなくナシやブドウ、ミカンなど様々な種類の果樹があり、果物に困ることはなかったと聞きました。
確かに、数年前に主屋(古民家)の片付けをしていた際、屋根裏から果樹の苗木のカタログや栽培に関するテキストが出てきましたので、叔母の父(私の祖父)がマメに手を入れて栽培していたようです。
しかし、祖父が早くに亡くなって手が入らなくなると、実らないようになり、そのうちに樹自体も枯れて無くなっていったそうです。
手を入れて栽培すれば立派な果実が期待できる一方、庭木と同じように途中から放任すると混乱してしまうのでしょう。
このため、新たに植えた果樹(里山側にあるもの)は基本的に剪定を行わず、自然のままに木を大きくするつもりです。

自然農:竹の枝葉の利用(園路整備)

学生のとき、学校(農学部)の附属農場が農業が盛んな地域にあり、実習のためにバスに乗って通ったことがあります。
そして、バスの車窓から見える畑の土がどこも真っ黒であることに驚いたことを覚えています。
そこは我が家から10km程度しか離れておらず、自宅周辺の畑の土は黄色いのに対し、さすが農業が盛んなだけあって土地が肥えているものだと思いました。
後に、この地域の土は火山由来の黒ボク土であり、それで土が黒いことを知りました。
黒ボク土自体が肥えているわけではありませんが、基本的には肥えた土は有機物の腐食量が多く、よって黒い色をしているものだと思います。

ところで、我が家の畑は5年前から自然農法(不耕起、無肥料、無除草)に切り替えましたが、この5年で土の色に変化があるか、スコップで掘り起こして確認してみます。

地表から3〜5cm程度のところが黒変しています(地山は粘性土)。
慣行農法ではこうしたことは生じないことから、不耕起や無除草の効果が大きいのではないかと思います。

このように我が家の畑は基本的には不耕起ですが、生ゴミを畑に還すときは下図のとおり畝立てしています。

そして、このとき両側にできる溝には竹などを投入しています。

竹は中空で腐りにくいことから、竹を入れることで畑の排水性や土壌構造が改善されることを期待しています。
もちろん、こうして竹を入れると耕耘機などを使って耕せなくなってしまいますので、この方法は不耕起が前提となります(慣行農法については既にありとあらゆる方法がなされて出尽くし感がありますが、不耕起と言う根本が変わることで可能性が広がるように感じています)。

こうして竹の稈の部分は有効活用できるようになったものの、枝葉の部分も何かに使えないものかと思ってきました。

一時期、竹の枝葉を裁断せずにそのまま畝上に被せてマルチにしたことがありますが、竹は枝も腐りにくく、(1〜2年)作業の支障になってしまうため止めました(裁断すれば良いですが、手間が掛かります)。
この反省を踏まえて思いついたのが、上記で畝立てする際に竹の枝葉をすき込むことです。

実際にやってみると、竹の枝葉は平面状に広がっているため設置しやすく、層状に積み重ねれば相当量の有機物をすき込めることになります。


これに樹木の枝葉を使おうとすると樹木の剪定時期に限定されますが、竹の枝葉であればいつでも容易に入手できます(里山で必要な分だけ伐採)。
しかも、枝払いするだけで使えますので、樹木の枝葉を使う場合より省力です。
単純なことですが、これまで何百本の竹を伐採しておきながら気づきませんでした・・・(慣行農法のやり方や、竹を畑の有機材料として使うにはチッパーやシュレッダーにかけて裁断する必要があると言う固定観念に縛られていました)。

ちなみに、竹の枝葉は少量であれば家庭用のガーデンシュレッダー(電動)を使って裁断することができます。

上写真に写っているガーデンシュレッダーはインターファーム社のLSG-2100(ギア式)です。
ガーデンシュレッダーは裁断方法の違いによりギア式とディスク式があり、ギア式のほうが多少高価ですが、竹の枝葉の裁断にはギア式が向いていると思います。

ガーデンシュレッダーにかけるとちょうど良いサイズに裁断されます(ディスク式の場合はもっと細かく裁断されます)。

こうして裁断したものは畑のマルチ材として使っても良いですが、今回は畑の通路に敷き詰めて抑草(腐れば堆肥)を図ることにします。
既に通路には抑草目的で廃材の板が敷いてあります(下写真は敷設時のもの)。

4年前、主屋の改修工事で発生した古材(天井板)を流用したのですが、元々、虫喰いが酷かったこともあり、朽ちた隙間から草が生えるようになってきています。
この板の代わりに竹の枝葉を裁断したものを敷き詰めます。

抑草を図るべく、ある程度の厚さに敷き詰めるため、両側に土留め状のものが必要となります。
その用途として丸太を使ってみましたが(上写真)、ほかに良いものがあることを思いつきました。
昔、米倉があった場所に、その基礎として使われていたゴロタ石が残置されており、夏の草刈り時(刈払機使用)に邪魔になるため移動させたいと思っていたのです。
このゴロタ石を通路の両側に据え、その間に竹の枝葉を敷き詰めます(下写真は施工後、ひと月ほど経ってから撮影したもので、既に竹の枝葉が乾燥して白くなっています。今のところ草も生えてきていません)。

ゴロタ石が通路の縁石にもなり、見た目的にも良い感じになりました。
上写真で手前側は駐車場になっていますので、その境界にも区切りが欲しいところです。
ちょうど主屋の基礎に使われていた延べ石(盆栽棚の土台にした残り。下写真で朱色矢印)がありますので、それを埋めて境界とします。

自然農の場合、無除草で草ボウボウになるため一見すると荒地!?のように見えてしまいがちですが、こうした通路や縁石のようものがあると締まりがついて良いものです。

同じ理由で、駐車場に接する箇所(上写真で手前側)には昨年、シバザクラを植栽しました。
その後、順調に生育しており、このところの陽気に誘われてピンク色の花が咲き始めました。

後ろの黄色は自生のダイコンの葉ですが、これもしばらくすればトウが立って白い花を楽しませてくれることでしょう。

耕作放棄地の再生(27)雑木林への移行

長年、耕作放棄状態だった谷津田(約1反=1,000m2)について、3年前から定期的な草刈り(年3回)などの管理を行っています。
定期的に草刈りを行うことで植生が変わり(一例:ノイバラ→ミゾソバ)、耕地については年々、草刈りの負担が減ってきています。
谷津田のため耕地の両側には里山が隣接しているのですが、その片側(南側)は竹(モウソウチク)が侵入して厄介なことになっています。

特に林縁部の荒れ方が酷く、3年前は下写真のとおりでした。

これを毎冬、耕地側から奥に向かって順に伐採を進めています。
下写真が現在の状態です。

竹が山全体に広がっていますが、全体的に黄変した竹が目立つことから(この時期はもう少し緑色なのが本来)、林縁部の竹は衰弱しているようです。

このため、前年の伐採により空間が生じたところに隣接する竹が次から次へと倒れてくるのです。

倒れている竹の根元を確認すると大きな根株ごと倒れています(通常、青竹がこのように倒れることはありません)。

竹は地下茎をネットーク状に張り巡らせていますが、おそらく地下茎が山の奥側へと後退しており、そのため、取り残された竹の地上部が根株とともに倒れたものと思われます。

その証拠ともなりますが、2、3年前に伐採した竹の切り株で、耕地に近いものは容易に引き抜けるのです(通常は竹を伐採しても周囲の地下茎が生きているため数年経っても切り株はビクともしません)。

竹の切り株が残っていると下草刈り時の支障になるため(刈払機を当ててしまい危険)、抜けるものは引き抜いておきます。

最終的に竹を無くして雑木林へ移行させたいと考えています(移行後も隣地の竹が侵入してくるため、タケノコの段階で収穫し続ける必要があります)。
これまでに竹を伐採したところには既に雑木が自生してきていますので、下草や蔓を刈っておきます。

ここには竹だけでなく大きな雑木(エノキ、イヌビワ)もあったのですが、竹の勢いに押されて下写真のとおり極端に前傾していました。

作業の支障にもなるため、2年前に伐採し、ちょうど今、薪ストーブの燃料として暖を採らせてくれています(エノキは火持ちも良くて最高の薪になります)。
伐採後の切り株からは新たに萌芽し、既に3mを超える高さになっています。
芽かきし、勢いの良いものを2、3本残るように整理しておきます。

エノキ
イヌビワ

今度は真っ直ぐに育ってくれることでしょう。

倒れている竹を整理するとともに奥側へと竹の伐採を進めていきます。

斜面の上端に大きなカシの木(上写真で朱色矢印)がありますが、前方に障害物が無くなったこの機会に伐採したいと思っています。
とりあえずは竹の伐採を進めるとし、カシの木の周囲の竹を伐採します。

これで斜面の上端まで竹の伐採が完了しました。

そして、山の上の状態は・・・

こちらも竹が密集しています。
しかし、林縁部のような荒れ様ではありません。

まずは、倒れている枯れ竹を片付けます。

枯れ竹を片付けただけで随分とスッキリしました。
この状態で何も支障はありませんので、今後も同様に枯れ竹を除去するとともに新竹をタケノコの段階で全て収穫すれば徐々に雑木林に移行できそうです(竹を無くしても良い場合にはこの方法が最も容易だと思います)。

林内にある大きな雑木は竹の勢いに押されてほとんどが枯れてしまっていますが、新たな雑木も生えてきています(下写真はイヌマキ)。

竹を減らしていけば、今度はこうした雑木が大きく成長していくことでしょう。