月別アーカイブ: 2019年4月

耕作放棄地の再生(30)タケノコ&クヌギ&スギ

この冬、大きなカシの木を伐採し、その後、クヌギスギを植樹しました。
これで、今シーズンの作業も完了といきたいところですが、実は伐採したカシの枝葉が積んだままになっています(幹部分については既に玉切りして薪割り済み)。

大きな木だったため枝葉の量もスゴイです。
しかも、カシは常緑樹のため葉も付いています。
このまま放置すれば、夏に草刈りの邪魔になるだけでなく、蔓が巻きついて面倒なことになってしまいます。
枝は薪ストーブやボイラーの焚き付けとして使えますので、手間は掛かりますがバラして枝部分を持ち帰ることにします。

葉も持ち帰って畑のマルチ材として使う手もありますが、嵩が張って運ぶのが大変です。
ちょうど、山裾に土が露わになっているところがありますので、そこに敷き詰めることにします(下写真で朱色点線)。

こうしておけば草刈りの手間も多少減ることでしょう。

先日、上写真の斜面にクヌギの苗木を2本植え付けましたが、さらに2本、移植するのにちょうど良い大きさになっているものを自宅敷地内の畑で見つけました(下写真で朱色矢印)。

この2本を掘り上げて持ってきてありますので、斜面に追加して植え付けます(下写真でクヌギ③、④)。

斜面を上がってみると、早くもタケノコ(孟宗竹)が上がり始めているため収穫(4月13日)
タケノコの段階で収穫しておくのも大切な仕事です(竹林から雑木林に移行させる考え)。

これで、この冬の作業も完了です(5月からは田面部分の草刈りが始まるのですが・・・)。

持ち帰った枝は、ひと夏、雨晒しにして秋以降に使うつもりです。

ブログ記事は少し遡って書いており、山へはその後もタケノコを収穫するため、定期的に行っています。
その際、植樹したクヌギやスギの状態を確認しているのですが、既に若葉が生えて緑が濃くなってきています。

植樹時の状態(クヌギ)

スギも葉が緑鮮やかになってきています。


植樹時の状態(スギ)

遊休農地の活用(10)クローバーの株分け・補植

所在さえハッキリわかっていなかった畑について、長年の耕作放棄により荒地と化していたため、この冬に篠竹やノイバラなどを全て刈りました。

ビフォー
アフター

将来的には果樹を植えたいと考えていますが、苗木の植え付けは2、3年草刈りを続けて篠竹などの勢いが落ちるのを待ったほうが良さそうです。
ところで、先日、山の斜面にスギを植林しましたが、まだスギの苗木が余っています(6本)。
スギなら多少の荒地でも育ってくれそうですので、余っている苗木を上写真の土手に沿って植えることにします(土手に密生していた篠竹を今後も刈り続けるため、篠竹に代わって土手を固める役割を担わす考え)。

自宅敷地で育てている苗木を掘り出します。

上写真で右側は、敷地内に自生していたものを実生1年目に畑に移植したものです。
一方、左側は、少しくらい大きくなっても支障にならない場所に自生していたため、畑に移植せずにそのまま大きくしたものです。
両者とも同程度の大きさで、地上部は特段の違いはありませんが、根を見ると・・・

畑から掘り出したもの(移植あり、上写真で右側)には深く下に伸びる明確な根が見当たらないのに対し、移植していないもの(上写真で左側)はゴボウのような直根が発達しています。
畑から掘り出すものは全て上写真で右側のような感じであるため、スギはこのような根の形をしているものだと思っていましたが、本来はドングリの木のように深く下に伸びる根を張るようです。
幼木時に移植したことで根が混乱し、その結果、直根が発達しないのかもしれません。
ところで、近年豪雨などにより戦後に植林した山で地すべり災害が発生しており、その原因のひとつとして植林した木の根が浅いことにあると聞いたことがあります。
てっきり、植林には挿し木苗を使うため根が浅くなるのだと思ってたのですが(当地では実生苗を使う場合が多い)、挿し木・実生に関わらず移植により根が浅くなってしまうのかもしれません。

掘り出した苗木を、以前と同様に一昼夜、水に浸けて水揚げさせます。

翌日(近く降雨が予想されるときが適)、現地に運び、土手に沿って苗木を植え付けていきます。

冬に刈った篠竹が厚く覆われており、根も張っているため穴を掘るのに一苦労。

地面には太い蔓も残っているため、そのうちに巻きつかれてしまいそうです・・・。

土手に沿って3m程度の間隔で6本の苗木を植え付けました。

上写真で中央に写っている立木はカブレの木(ハゼノキ)です。
近くの畑で作業されてみえた同じ町内の方に「今の時期(萌芽期)は特にカブレやすいので注意するように」と教えていただきました。
カブレの木は今回植えたスギがある程度大きくなったら伐採する考えですが、カブレてしまわないように冬の休眠期に行わねばなりませんね。

この畑の近くには、ちょうど1年前の今頃、我が家に戻ってきた畑があります。

こちらの畑は、これまで同じ町内の方に耕作していただいていたため状態は良好です。
既に果樹(クリ、ビワ、ミカン)を植えてあり、昨秋には草刈りの負担軽減を図る目的でクローバー(白詰め草)を播種しました。
無事発芽して大きく育ってきています(昨春にも播種しましたが、春播きではほとんど発芽しませんでした)。
上写真で緑の1/3がクローバー、2/3がカラスノエンドウ(ピーピー草)と言った感じです。
クローバーもカラスノエンドウもマメ科の植物のため緑肥として最高ですが、カラスノエンドウは実が熟すと種を遠くまで飛ばします。
両隣りの畑は草一本も生やさずに綺麗に管理されてみえますので、さすがにこのままと言うわけにはいきません。
刈払機でカラスノエンドウを低く刈り込むとともに、クローバーを株分けしてカラスノエンドウの陣地に補植することにします。

篠竹の密生地となっていた山側は、篠竹の勢いを落とすため、昨年、定期的に刈りました。
まだまだ篠竹の根は張っていますが、ここにもクローバーを移植しておきます。

案外、クローバーが篠竹を駆逐するかもしれません(希望的観測)。

クローバーの株分け・補植完了。

クローバーが畑一面を覆えば、見た目の面でも良くなりそうです。

茶箪笥の修理

春になって雨が降ることが多くなってきました。
そんな雨模様の週末になると屋外での作業ができませんので、屋内で片付けなどを行っています。
物(ゴミ?)で溢れていた倉庫は、5年近くぼちぼち(ぼつぼつ)と作業を進めてきたところ、それなりに片付きました。

しかし、安易に捨てるわけに行かず、かと言って当面は使うあてがないため放置したままになっているものが残っています。
そのひとつが、古い茶箪笥です。

この茶箪笥は、亡き祖母が輿入れしたとき(昭和12年)に持参したものです。
私が幼かった頃には、主屋(古民家)の裏縁に置かれていたのを覚えていますが、祖母が昭和61年に亡くなり、当時は自宅で葬儀を行っていたため、その邪魔になって倉庫に移動・仮置き。
そして、仮置きのまま30年以上が経過・・・。
倉庫内の環境は厳しいため、茶箪笥の引き戸(上写真参照)は壊れてバラバラの状態、本体も油分が失われて白っぽくなっています(下写真は側板部)。

実はこの茶箪笥は、父が飛び込みでやってきた骨董屋(リサイクルショップ?)さんに5,000円で譲る約束をしたのですが、引き取り時に偶々、父が留守にしていたため、引き取られずにそのまま残っているという経緯があります。
今時、茶箪笥なんて無くても構わないものですが、こうして残ったのも何かの定めなのかもしれませんので、時間のあるときに手を入れて再生することにします。

もうひとつ、倉庫内に長年置かれたままになっているのが、昔、餅つきに使われた臼(木製)です。

杵も残っているため、いつか餅つきができればと思っていたのですが、保管時の状態からひっくり返して確認したところ、天端がシロアリにやられています・・・。

直接、土間に置いてあったわけではないのですが、木材(角材)を土台にしていたため、それからシロアリが移ってきたようです。
シロアリに喰われている箇所を切断し、その分だけ鉢部分を深くすれば再び臼として使えるかもしれませんが、そこまでする甲斐はないでしょう。
この機会に解体して薪ストーブの燃料として使うことにします。

解体する前に臼のサイズを計測すると、直径が48cmあります。

臼なので材質が強靭なケヤキが使わているのだと思いますが、これほど太いケヤキの木があり、それをよく伐採・加工(当時は全て手作業)できたものです。

楔を打って割ろうとするも全く歯が立たず(ケヤキは粘る)、チェーンソーで切断。

外面は乾燥により白っぽくなっていましたが、断面からはケヤキの赤身が現れました。
これを見ると、なんだか薪にするのは勿体ないようにも感じ・・・。
そこで、一部分を工作材(下写真で右下のブロック)として残して薪割り。

臼のほうが片付いたため、茶箪笥の修理に取り掛かることにします。
まずはバラバラになっている引き戸から。

各部材を確認すると一応全て揃っていますので、木工用ボンド(酢酸ビニル樹脂)で接着して再組立(製造当時はニカワやウルシで接着?)。

引き戸もそうですが、本体も油分が失われて白っぽくなっていますので、全体に亜麻仁油を塗布して油分を補うとともに磨きます。

油分を補っただけで一気に若返りました!!

最上部の引き戸は下写真のとおり襖のように和紙が貼られたものになっています。

色褪せだけならともかく、破れもあるため表装し直すしかありません。

表装し直すために分解しますが、念のため組み合わせを記しておきます。

元々の表装を確認すると、突き板の表裏に和紙が糊付けされていますので、それらを丁寧に剥がします。

裏面から貼り直すことにします。
元々は茶チリのような紙が使われていましたが、手元にないため封筒の黄色っぽい紙(上写真で左側)で代用することにします。

この紙をデンプン糊を使って貼れば良いだけなのですが、普通にやると間違いなくシワが寄ります。
以前、五月人形(武者人形を配置する台座部、下写真で朱色矢印)を修理する際、和紙を貼り直す必要があり、そのときに紙の専門店で貼り方を教えていただいたことがあります(修理後、一式を自治体の郷土資料館に寄贈済)。

その方法は、基本的には板襖に襖紙を貼るのと同じで、前もって和紙にたっぷりと水を含ませ、その十分な水だけで貼るぐらいの勢い(糊は少なめ)にすると良いとのこと。
この教えに従い、まずはスポンジで紙にたっぷりと水を含ませます。
水が馴染むのを待つ間に、水で溶いたデンプン糊を刷毛で板に塗ります。

水を含ませた紙を板に貼り、柔らかい布等で表面を撫でて全体を密着させます。

余分の紙をカッターで切り落としておきます。
障子貼りのときと同じですが、このとき定規(地べら)をしっかり押さえるようにすると上手く切れます。

(自然)乾燥後が下写真で、シワになることなく綺麗に仕上がりました(感謝!紙屋さん)。

裏面で練習したところで、いよいよ表面です。
表面には元々、金色の紙が使われていましたので、紙屋さんで金色に彩色された和紙(越前和紙、300円程度)を入手。

貼り方の手順は裏面と同じため省略。
裏面同様、綺麗に仕上げることができました。

次に手掛け(上写真で下側にある金具)を取り付けますが、4枚の引戸に対して金具が3個しかありません・・・。
今となっては同じものを入手するのは困難かと思いますので、1枚は手掛け無しとします。

枠と板とは接着剤で固定してあるのではなく、極小の釘(今回は真鍮釘を使用)を使って外れないようにしてあるだけでした。
再表装や、板と角材との収縮の違いを吸収するためだと思いますので、同じようにします。

引き戸の修理完了。

やはり、新しい紙に貼り直すと良いものです。

元々の和紙(下写真で右側)と比べると、その違いは歴然です。

祖母が我が家に輿入れしたのは昭和12年(1937年)ですので、82年でここまで変色・劣化したわけです。

修復した引き戸を取り付ければ完成です!

ちなみに上写真で茶箪笥の右側に写っているのは、昨年にテーブル(テレビ台)として再生させたミシン台です。
このミシンも、茶箪笥と同じく祖母の嫁入り道具です。
昨年に祖母の三十三回忌も終わったことですし、祖母の思い出の品としては、この二つを残して活用することにし、他のもの(長持ち等)は処分しようかと思っています。

で、修理した茶箪笥をどうするか?
玄関脇に小部屋がありますので、そこにでも置いて来客時にお茶(実際にはインスタントコーヒー!?)を出せるようにしておくと良さそうです。

昔の火鉢を転用したテーブルもありますので、お茶するのに丁度良いことでしょう。