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古民家の自然換気(47)錆壁!?

先般、仏間の改修がとりあえず完了しました。

この改修において壁を仕上げましたが、実はまだ主屋(古民家)で壁を仕上げなければならないところが残っているのです。
それは、LDKの垂れ壁(丸太梁の上部)です。

LDKのうちDK部分は、20年程前のリフォームにより今風の石膏ボード+クロス貼りの吊り天井になっていたのですが、採光と自然換気を図るため、昔の状態(奈良天井)に戻すとともに一部に竹天井を配置しました(一昨年の夏に施工)。

昔の奈良(大和)天井に戻すことによって問題になったのが、20年程前のリフォームにより一部が取り壊された土壁です。

土壁も元の状態に戻すべく、昨年の夏に下地(竹小舞)を組んだうえ、荒壁をつけて大直しまで行い、現在、下写真の状態になっています。

荒壁でも壁としての機能は果たすため、中塗り以降の仕上げについては追い追いやれば良いと考えていました(全部が荒壁で統一されていれば、見た目的にも無骨でカッコ良いです)。
今回、仏間の改修において中塗り・上塗りを行なったことから、そのついでに、この垂れ壁についても中塗り・上塗りを行なって仕上げることにします。

下写真で上側の土壁は残存していた部分で、上塗りの漆喰を剥がして中塗りの状態になっています。

しかし、その断面をよく見ると下図のようになっており、下層にさらに(薄汚れた)漆喰の層があります。

昔、煤汚れなどで壁が汚れて塗り直した際、既存の漆喰を剥がさず、その上に塗り重ねたようです。
漆喰を剥がすのは容易ですが、剥がす際、周囲に埃が舞うので、それを嫌って塗り重ねることにしたのでしょう。
それは理解できるとしても、おや?と思うのが重ね塗りする際、既存の漆喰の上に直接漆喰を塗るのではなく、中塗りの層を挟んでいる点です。
これは(乾燥した)漆喰の上は水引きが早く塗るのが難しいため、中塗りを挟むことで解決したのかもしれません。
今なら化学製品のシーラーや添加剤を使うところですが、このようなものが無かった昔はこうして漆喰の重ね塗りを行なったわけです。

先人の工夫が偲ばれる箇所ですが、今回さらに塗り重ねると剥離等の悪影響が生じるかもしれませんので、この機会に全て剥がして当初の中塗りの層まで戻しておきます。

早速、中塗りしたいところですが、ここは元々、天井が無かったところ(厨子二階に柴を出し入れする開口部)で見切りになるものがないため、その手当を行う必要があります。
両側の隣接箇所と同じような外観になるように廻り縁を入れることにします。
その材として使うのは、先の仏間の改修において巾木として再利用できなかった古材(20年程前に解体した離れの床脇の床材)です。

必要なサイズでカットし、プレナーにかけて表面を整えます(下写真で上側:加工前、下側:加工後)。

柿渋に顔料(弁柄等)を加えて古色塗りします。

この廻り縁を天井板から吊り下げる形で取り付けることにし、天井裏側からビス留めします。

ただ、これだけでは安定しなかたため、居室側からも柱に対してビス留めして固定しました(ビス頭が見えてしまいます・・・)。

この廻り縁を見切りにして中塗りしていくことになります。

いつもの通り中塗土を練って中塗りします。

上写真は中塗り後、ひと月程度経過してから撮影したものです。

左側の壁のアップが下写真です。

今回も藁スサの混入を省略しましたが、ヒビ割れが生じることもなく良い感じに仕上がっています。

ところが、右側の壁が下写真の状態です・・・。

茶色く変色し、ひと月前に塗ったにも関わらず、早くも古壁の様相です。
実は、こちらの壁土には前週に行った仏間の中塗りで余ったものを使ったのですが、練り直すのに少量だったため農作業で使っているサビた移植ゴテを使ってしまったのです。
つまり、その鉄分が移った壁土が壁塗り後、空気に触れることで酸化して変色に至ったわけです(壁チリの周囲が変色していないのは空気の対流が少ないためだと思います)。
千利休の茶室の壁は「錆壁」と言って、敢えて鉄分の多い土を使ったそうですし(「侘び寂び」ならぬ「侘び錆」!?)、これはこれで風情があって良いかもしれません。
しかし、今回は他の壁と統一して漆喰で上塗りする予定で、真っ白の漆喰にサビが悪さをするのではないのかと、今更ながら移植ゴテを使ったことを後悔・・・。

サビの影響を抑えるには、上塗りする前にシーラーを全面に塗布してブロックするしかなさそうです(もう1層塗り重ねる手もありますが)。
市販されている漆喰用シーラーの成分は酢酸ビニル樹脂で、木工用ボンドと同じです。
こうした合成樹脂を土壁に塗布するのは可能であれば避けたいのですが(土壁の調湿機能も半減!?)、やむをえません。

今回は使用量が少ないため、木工用ボンドを水で希釈して使うことにします(漆喰用シーラーは購入しても安価です)。

壁にペンキを塗るようにローラーで塗布します。

漆喰(特に土壁に塗る場合)は水引きが早いため、私のような素人にとっては扱いにくいのですが、シーラーを塗ると水引きが抑えられて塗りやすくなると言うメリットもあります。
漆喰自体も素人向けに塗りやすくしたものが市販されていますが(とても高額)、そうしたものは酢酸ビニル樹脂や合成セルロースなどを添加して水引きを抑えているのではないかと思います。

漆喰は安価な「大和漆喰」(プレミックスタイプ)を練って使います(3年程前に購入・使用して余ったものですが、固結や劣化等は特段ありませんでした)。

練った漆喰を、これまたいつものとおりサッと軽く塗って仕上げます(漆喰でも押さえません)。

押さえないため、中塗りに凸凹があっても誤魔化しがききますし、表面のテクスチャーも珪藻土のような自然な感じになるため、私のような素人にとって良い塗り方だと思います。

と言うことで完成です。

竹天井のところも良い感じに仕上がりました。

クロス貼りの天井を解体したのが2年前の春ですので、2年以上もかかって完成しました。
しかし、本来の目的である「自然換気」のテーマはまだまだ続く予定です。

仏間の改修(5)菊の御紋!?

前回、壁の中塗りを行うとともに、新材で作り直した天井の廻り縁などを塗装(オイルステイン)しました。

廻り縁の塗装ができたことから天井板を張ることにします。
天井板(羽目板)自体は、ひと月程前に柿渋を塗布し、発色を促すため日差しの当たるところに置いてあります。

下写真で左側の未塗装のものと比べると、ひと月の間にかなり発色したのがわかります。

杉の白太材と言うこともあって白木のままだと少しチープな印象を受けますが、同じ杉でも色がつくことで高級感が出るように思います。

これらの羽目板を天井裏側から廻り縁に対してビス留めして張っていきます。

最後は天井裏に身体を入れて作業できなくなります。
このため、ラスト2枚はビス留めせず、廻り縁にのせておくだけになります(ここが屋根裏点検口になります)。

そして、天井の完成です。

これらの羽目板はホームセンターで購入したB級品(処分品)で、長期保管に伴う結束の跡がありました。
結束の跡を目立たなくしようとプレナーにかけたり、柿渋を塗布したりしましたが、それでも跡は残りました。

ちなみに仏間の前の天井は檜の板が使われており、しかも無節で柾目と、今回のもの(杉、節・日焼け跡有り)と差が大き過ぎです・・・。

(天井板は4年前の改修工事において酢洗いしたため綺麗になりました。)

天井ができたことから、次に壁を仕上げることにします。
壁の仕上げ塗り(上塗り)は他の壁と統一して珪藻土(キング鈴井商会「エコロジー」)を用います。
壁チリをマスキングテープで養生し(上写真)、仕上げゴテを使って塗っていくのですが、作業中も作業後の写真も撮り忘れてしまいました・・・。

壁が仕上がれば、次は床の仕上げです(下写真は壁を中塗りする前の時点のもの)。

床板は古材(20年程前に解体した離れの床の間の板)を再利用しました。
元々は摺り漆(拭き漆)で仕上げられていたのですが、傷や汚れが酷かったため再利用するに際して漆の塗膜とともに削り落としています。
せっかくの欅の一枚板ですので、当初と同じように摺り漆で仕上げることにします。
摺り漆の方法については、以前に文机(下写真でテレビ台として利用)を再生した際に記載したとおりです。

と言うことで、いきなり完成です。

漆の摺り込みは3回行なったところで良い感じになったため、3回で切り上げました。
3回だけでも、やはり漆の仕上がりは抜群で自ら施工しておきながら驚きです。
手前の敷居は桜で良い感じだったのですが、床が良くなったことで薄汚れてみえるようになりました・・・。

いずれにせよ、長年倉庫のなかで埃まみれになっていた古材が、仏間の床板として再生しました!

<Before>

<After>

これで仏間の改修が全て完了したことになり、仏間全体では下写真のとおりです。

亡き祖母は生前、仏壇との隙間から汚れた荒壁が見えるのを嫌っていたのですが、その荒壁も補修→大紋直し→中塗り→上塗りと行うことで綺麗な壁に変身しました。

<Before>

<After>

ちなみに、この仏間に隣接して床の間(下写真で左側)があり、その壁は4年前の改修工事において本職の左官屋さんに今回と同じ珪藻土で塗り直してもらっています(元は繊維壁仕上げ)。

実際の施工レベルは雲泥の差なのですが、離れてみれば同じように見えますし、普通の人だと左官仕事に興味がない限り気づかないかもしれません。

仏間の改修が完了したことから、作業に伴い一時的に移動してある仏壇を仏間に戻すことになります。

しかし、予想外に仏間が良くなったこともあって、このまま戻すかどうか思案するようになってきました。
このまま戻せば、漆塗りの床板に傷がつきますし、せっかく綺麗になった壁も仏壇との隙間から僅かに見えるだけです・・・。

とりあえず仏壇は元に戻すことを考えて、長年の間に積もった埃やゴミを取り除いたうえ水拭き掃除をしてあるのですが、その現状は下写真のとおりです。

この仏壇は主屋(古民家)よりも古く、明治18年(1885年)に製作されたものです(134年経過)。
正面の塗装(漆)されているところは比較的マシですが、そうでないところはかなり痛んでいます。

亡き祖母が昭和40年代に仏壇屋さんに依頼して「お洗濯」をしてもらっているのですが、そのときには既にガタがきていたようで下写真のように補強がなされています(この補強材の厚さ分、仏壇が仏間からはみ出していたわけです)。

お洗濯の際、金色の彩色を施してもらったそうですが、その塗りムラが結構酷いため、素人でももっとうまく塗装できるのではないかと不満に感じていました。

実はガタツキや板の痩せにより下写真のように隙間が生じているため、本職でも平滑に塗装できなかったわけです。

このように状態の良くないものを、そのまま仏間に戻して良いものか・・・。

この機会に古い仏壇を処分して新しく買い替えると良いのかもしれませんが、仏壇屋さん曰く「今、一間幅の仏壇を作ると1,000万円近くかかる」とのこと。
迷うことなく買い替え案は却下、次に考えるのがお洗濯し直すことです。
しかし、お洗濯も数十万円かかるでしょうし、先のとおり本体自体にガタがあるため、お洗濯の効果も十分に得られなさそうに感じます。
いっそのこと、世間の流れに乗って我が家も「仏壇仕舞い」を行なう!?なんて考えも。
私自身、金ピカの仏壇なんて欲しくもありませんが、肝心の中身である仏の教えは大切にしたいと思っています。
そのような思いがあることもあり、戦国時代をテーマにした大河ドラマのなかで、武将が厨子に入った仏像を簡素な棚に安置し、戦さの日々においても礼拝するシーンが印象に残っています。
昔は、モノに関しては簡素でもココロは今よりも大切にしていたのかもしれません。
それに倣い、我が家の仏像も厨子に入っていますので、今回改修した仏間に棚状のものを設え、そこに御本尊や先祖の位牌を安置するようにするとシンプルで良さそうに感じます。
とは言え、私の思いつきだけで仏壇を処分してしまうわけにもいきませんので、1年ほど時間をおいて親族等にも相談して決めていければと思っています。

ところで、仏壇の正面に銅板のレリーフがあるのですが、今さらながら、その中心に菊の御紋が彫られていることに気づきました。

言うまでもありませんが、我が家の家紋ではありません。
我が家は先祖代々農民ですが、江戸期に庄屋をやっていたことから、明治の廃藩置県でお城の殿様が東京に移られる際に何やら拝領したと聞きます。
仏壇の製作時期が明治18年ですので、ひょっとするとこの紋章を拝領したのかもしれません。
余計なものを目にする前に、とっと解体処分すべきだった!?