耕作放棄地の再生(10)世古道の現状

前回で竹の伐採が一区切りつきました。

その竹の伐採作業中のことですが、山の斜面に築堤状になっているところがあることに気づきました。
そして、そこは人が通れる程度の通路(下写真で点線)として使われていたような感じです。

昔はこの山の上に世古道が通っていたと同じ町内の方から聞いたことがありますので、その道から田への進入路(下写真で点線)なのかもしれません。

以前、田の南側の山裾を草刈りしたときに同様の進入路跡(下図で下側の点線)が見つかりましたが、北側にも進入路(上側の点線)があったようです。

ところで、上図は公図(旧土地台帳の添付図)ですが、田の北側に赤道(あかみち、≒公道)が描かれています。
同じ町内の方がおっしゃってみえたように確かに昔は山の上に世古道が通っていたのです。

ついでに、この周辺の古地図(下図)を確認しても、やはり世古道が描かれています。

ちなみに、この古地図は明治19年に当時の三重県が旧町村ごとに測量・作図したものです。
地図と言えば現在の国土地理院発行の地形図が歴史も古いですが、当地域では古いものでも大正です。
それより古く、かつ詳細に描かれていますので、当時の様子がよくわかる貴重な資料です(長年、県庁の土蔵に保管されていたとのこと。現在は県立博物館で閲覧可能)。

この世古道が現在どうなっているのか確認するため、今回見つけた進入路跡を通って山の上(山と言っていますが高低差7m程度の丘陵地)に登ってみることにします。

下写真は道中ですが、竹と樹木が絡み合っています・・・

さらに進むと平坦になりましたので、山(丘)の上に出たようです。

倒木があり、孟宗竹で鬱蒼としているものの、意外にも整然としています。
人の手が入らない自然だけの状態へと戻りつつあるのかもしれません。

その奥(下写真)は篠竹が密集し、立ち入ることができません。
まるで自然が人の侵入を拒んでいるかのようです。
世古道跡らしきところがありますが、かつて人が往来していたとはとても思えない状況です。

<続きます>

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